コラム No.009 急げ、着替えろ、語るんだ! -旭川大学導入教育「三代目神田山陽」の衝撃-
| 輝かしい若い才能に触れることほど興奮することはない。6月17日金曜日、旭川大学の3講時の251番教室で講談師三代目神田山陽を見て聴いて感じた私の実感である。学生諸君もそうであったに相違ない。 磯田憲一教授のあきれるほど広い人脈のお陰で1年生(大学ではそれをフレッシュマンとよぶ)を対象とする導入教育のプログラムに神田師をお招きすることが出来たのである。 導入教育とは大学を未だ知らぬ1年生に対するいわば「大学入門」のための講座である。それは学生の中に潜んでいる知的な好奇心を刺激することによって大学の体系的学問への興味、関心を喚起しようというものである。森羅万象すべてが学問の対象になりうるのである。そしてそれまで受験勉強だけが「勉強」と考えてきた学生にはいきなりの大学テキストは寒く映ってしまうという現実がある。 事象と学生の想像力の間にはすぐれた語り部による導入が必要だ。 |
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| 本学に三代目神田山陽はこのような大学の意図を誠実に考えられて1時間を超える演題を用意されてきた。一つは家庭で次々と捨てられていったおもちゃや台所用品や生活日用品がその境遇を嘆き合う話で知らず知らずに環境問題を考えさせた。二つは、クリスマスの夜、サンタクロースとねずみ小僧次郎吉が出会い、ヒョンなことから次郎吉がサンタの代役をすることで義賊が誕生するという外伝である。 話はじめて5分、釈台がバシバシと叩かれ、あの伝統講談の語り口調がリズミックに発せられて一気に神田山陽の世界に引き込まれた。それは精進した者のみが表現することが出来る「芸」であった。私は一方でこのスポーツ選手の身のこなしのような全身から発せられる講談自体の面白さに浸りながら、他方、ここまでに至る稲荷啓之(本名)少年の自分探しの旅、こころの旅に思いをはせていた。 ホームページに依れば上京以来あらゆる肉体労働を含めアルバイト先を60数回転々とし、15回の引越しと12回の失恋と1回の入院を経て、平成2年1月10日「上野本牧亭」大締めの日に二代目神田山陽に入門志願、14日入門を許された、とある。 学長特権で公演前後磯田教授と共に師にお会いしたとき、やはり、伝統芸の場合、一門に生まれたやつにかなわない、というのである。これは私がいわば青春時代の体験が役に立っているのではないか、などとあまりにも定石の質問をしたことに対して答えたものであった。私は粛然として言葉を返せなかった。何故なら伝統芸というものの修行の重さをそこに感じたからである。ひたすら消費としての笑いがたれ流される吉本系のお笑いとは違う修練がそこには要求される。しかも伝統芸の場合、伝統を守るためにこそその芸に革新も要求されよう。はずかしながら私ははじめて、長年永六輔が訴えてきた「芸人」というもののステイタスを理解できたと思った。 今三代目は文化庁の派遣で1年間イタリアに滞在し文化交流を行うという未踏の領域へ歩みだそうとしている。 2002年5月、メトロポリタン歌劇場でパヴァロッティ最後のオペラ公演となる筈の「トスカ」で彼は体調を崩しドタキャン、当時無名のサルバトーレ・リチートラは「急げ、着替えろ、歌うんだ!」と代役として呼ばれ大成功を収めた。 ミラノかローマで、わが三代目神田山陽はリチートラと講談オペラを創作してもらえないだろうかと夢想する。場所はスカラ座、楽屋を訪ねた神田山陽にリチートラはいう「急げ、着替えろ、語るんだ!」 P.S. 旭川大学で神田山陽氏は学生を前に「やっぱり大学生はいい。いろんなところからきた同じような奴と知り合えるんだから」といった。 2005/7 |
2008年01月08日 連載コラム [clm]


